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鳥取地方裁判所倉吉支部 昭和45年(ワ)76号 判決

原告

桜井恒彦

ほか一名

被告

森虎雄

主文

1  被告は原告桜井恒彦に対し金四一七万九、九〇二円および内金三四三万一、九〇二円に対する昭和四三年一一月一日以降内金四四万八、〇〇〇円に対する昭和四四年一一月一四日以降いずれも完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は原告桜井きみこに対し金八〇万一、三六〇円および内金七三万一、三六〇円に対する昭和四三年一一月一日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  原告らの被告に対するその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は、原告桜井恒彦と被告との間においてはこれを二分し、その一を原告桜井恒彦の、その余を被告の各負担とし、原告桜井きみ子と被告との間においてはこれを三分し、その一を原告桜井きみ子の、その余を被告の負担とする。

5  この判決は主文第一、第二項に限りかりに執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

被告は原告桜井恒彦に対し、金八三四万四、五六九円および内金六九〇万三、三七二円に対する昭和四三年一一月一日から内金六八万二、六〇〇円に対する昭和四四年一一月一四日からいずれも完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告桜井きみ子に対し金一一五万〇、一六〇円および内金一〇四万五、六〇〇円に対する昭和四三年一一月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

二  被告

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第二原告らの主張

(請求の原因)

一  事故の発生

原告恒彦および訴外河本孝一(現在山下と改氏―以下旧姓河本の呼称による)はいずれも運送業を営む被告に雇われ、自動車運転の業務に従事していたものであるが、昭和四三年八月二〇日午前五時四五分ころ、訴外河本が原告の同乗する普通貨物自動車を運転し、京都府福知山地内国道九号線を西進中、同市字上小田一三六八番地先の右カーブに差しかかつた際、自動車の前部を道路右端のコンクリート擁壁に激突させ、原告は右の事故により受傷した。

二  責任原因

原告恒彦は訴外河本とともに、右事故の前日である昭和四三年八月一九日午後四時ころ西瓜を大阪市まで運送するため、原告恒彦が前記自動車を運転して東伯郡大栄町大字東高尾を出発し、翌八月二〇日午前三時ころ、荷物の引渡を終え、同日午前四時ころ再び同原告が運転して大阪市を出発し、間もなく訴外河本が運転を交代し、原告は仮眠室に入つて睡眠中、訴外河本は前夜来殆んど睡眠をとつていなかつたため、眠気を催し、前記事故現場付近の左カーブにさしかかつた際、一時仮眠状態に陥り、自動車を道路右側部分に進入させ、道路右脇のコンクリート擁壁に激突させた過失によるものである。

被告は右貨物自動車(以下単に本件事故車という)を所有して運転の業務に使用し、自己のため運行の用に供していたものであり、かつ訴外河本は被告に雇われその業務に従事中本件事故を惹起したものであるから、人的損害については自賠法三条により、物的損害については民法七一五条により本件事故によつて原告らに生じた損害を賠償する義務がある。

三  損害

1 原告恒彦の人的損害 八一四万〇、九七二円

原告恒彦は本件事故により、上半身打撲、第一〇胸椎脱臼第一一胸椎圧迫骨折、脊髄損傷、背、腰、臀部、左下肢並びに左肘部各火傷(第三度)、前額部挫傷等の傷害を受け、事故と同時に意識を失い、福知山市内竹下外科医院に入院し、同月二三日正午ころ漸く意識を回復し、同年一〇月一五日まで同病院に入院し、同日米子市皆生の山陰労災病院に転院し、引続き昭和四四年一〇月一〇日まで同病院に入院して数回の手術を受け、その後現在の倉吉市北岡病院に通院しているが、臍部以下は全く知覚がなく、両足は完全に麻痺し、下半身の機能は完全に失われて治癒の見込がない。そのため原告恒彦は完全に労働能力を失つたばかりでなく、日常の起居も自力ではできず、大小便についても全く知覚がなく廃人同様の状態にある。右受傷による損害額は以下のとおりである。

(一) 入院中の雑費 三万八、二五六円

原告恒彦は入院中、見舞客接待のための食費、バスタオル、電熱器、鍋、その他の購入費、牛乳、肉、玉子その他の栄養費等の諸雑費に三万八、二五六円を要した。

(二) 逸失利益 三四二万〇、一一六円

原告恒彦は事故当時満二八才(昭和一五年一月一五日生)の男子で、満六三才までは稼働可能であるところ、事故当時被告方に自動車運転手として稼働し、平均月額三万六、〇〇〇円の収入を得ていたが、右傷害のため完全に労働能力を喪失し、労働者災害補償保険より右日額金一、一九八円の六割に相当する七一八円八〇銭の給付を受けることとなつた。よつて原告恒彦は、右日収額の六割にあたる日額四七九円二〇銭相当の得べかりし利益を失つたもので、その年額は一七万四、九〇八円となるので、事故発生時から稼働可能年数である満六三才に達するまでの三四年間における逸失利益を、ホフマン式計算方法により年五分の中間利息を控除してその現価を計算すると、三四二万〇、一一六円となる。

(三) 慰藉料 四〇〇万円

前述のとおり、原告恒彦は下半身が完全に麻痺し、その機能を失い、日常の起居についてすべて人手を要し、廃人として漸くその生命を保つに過ぎず、生きる人間としての幸福のすべてを奪われた。原告が今後残された人生を生き抜くための精神上の負担は、その生命のある限り日々が苦痛の連続であり、筆舌に尽し難く、年令の若いこと、事故発生について原告恒彦に過失のないこと、被告に何らの誠意もないこと等諸般の事情を考慮すれば、その受けるべき慰藉料は五〇〇万円を相当とするが、内金四〇〇万円を請求する。

2 原告恒彦の物的損害 六八万二、六〇〇円

原告恒彦は下半身麻痺により、その機能を喪失した結果、居間、寝室、食堂、浴室、便所等への移動はすべて車椅子により、その使用は日常生活に必要不可欠で、屋内をすべて車椅子によつて移動ができるようにするため、昭和四四年八月ころから退院時までの間に、改造前和室六畳二間と物置になつていた部分を、寝室、食堂、訓練室、便所、浴室に改造したもので、その工事に要した材料費、工事費の支出額は、別紙支払明細書記載のとおり合計六八万二、六〇〇円である。以上原告恒彦の人的、物的損害の合計額は、八一四万〇、九七二円となる。

3 原告桜井きみ子の人的損害 一〇四万五、六〇〇円

(一) 付添看護費用 四万五、六〇〇円

原告恒彦の入院中の五七日間、原告きみ子がその付添看護にあたつたが、その費用は一日八〇〇円の割合による合計四万五、六〇〇円である。

(二) 慰藉料 一〇〇万円

原告きみ子は原告恒彦の妻にあたり前判示のとおり下半身不髄の傷害を蒙つた夫とともに長く今後の暗い人生を共にしてその起居を扶け、苦しみを共にしなければならないことを考慮すれば、その慰藉料額は二〇〇万円以上を相当とするが、内金一〇〇万円を請求する。

よつて原告きみ子の損害額は一〇四万五、六〇〇円となる。

四  損害の填補

原告恒彦は、本件事故による損害の賠償として、昭和四六年一月二五日、訴外河本から五〇万円の支払いを受けたほか、前後七回にわたり合計五万五、〇〇〇円の支払を受けているので、右合計五五万五、〇〇〇円を原告恒彦の人的損害の一部に充当するとその残額は七五八万五、九七二円となる。

五  弁護士費用

原告両名は、原告ら訴訟代理人に訴訟を委任し、原告恒彦は手数料としてすでに一〇万円を支払い、その勝訴額の一割を報酬として支払うことを約しており、原告きみ子はその勝訴額の一割を報酬として支払うことを約している。

よつて、原告恒彦の弁護士費用は手数料一〇万円、報酬七五万八、五九七円の合計八五万八、五九七円となり、原告きみ子の弁護士費用は一〇万四、五六〇円となる。

六  以上の次第で被告に対し原告恒彦は八三四万四、五六九円、および弁護士費用七五万八、五九七円および物的損害額六八万二、六〇〇円を除く残額金六九〇万三、三七二円に対する昭和四三年一一月一日以降、右物的損害額六八万二、六〇〇円に対する昭和四四年一二月一四日以降、いずれも支払ずみまで年五分の割合による金員の支払いを、原告きみ子は一一五万〇、一六〇円、および弁護士費用を除く内金一〇四万五、六〇〇円に対する昭和四三年一一月一日以降支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める。

(抗弁に対する答弁)

(一)  抗弁事実第一項ないし第三項の主張事実はすべて争う。

(二)  同第四項中、原告らが日本生命保険相互会社との間の原告主張の保険契約に基づく給付金として原告主張の金員を受領したことは認めるが、その余の主張は争う。

(三)  同第五項中、原告恒彦と訴外河本との間に原告主張の日時ころその主張の示談契約が成立したこと、右契約に基づき昭和四八年七月一一日までに前述の五五万五、〇〇〇円を含め一〇六万円の支払を受けていることは認めるがその余の事実は争う。

第三被告の主張

(請求原因に対する答弁)

一  請求原因第一項の事実は認める。

二  同第二項のうち、被告が本件事故車を所有し、運送業務に使用し、自己のため運行の用に供していたこと、訴外河本が被告に雇われ、その業務に従事中に本件事故を惹起したものであることは認めるが、その余の事実は争う。事故当時、原告恒彦は荷台で、就寝していたことは後に述べるとおりである。被告は、労働基準局より、長距離運送用トラツクには運転手を二名つけるように指示されていたので、本件車両に原告恒彦と訴外河本の両名を乗車させたもので、両名は相互に運転距離、運転時間、疲労度その他肉体的、精神的状況を考慮して適宜交替して運転したり、踏切等で一名が下車し安全を確かめる等運転補助者の役割を果すなど協力してトラツクを運行することにより安全を期すべき義務を負担していたのであるから、原告は自賠法二条四号にいう「運転者」にあたり同法三条の「他人」には該当しない。

三  同第三項1の原告恒彦の人的損害に関する主張事実中、原告恒彦の傷害の内容、治療の経過、後遺障害に関する点はすべて不知である。損害額に関する主張事実中原告が事故当時満二八才(昭和一五年一月一五日生)の男子で、被告方に自動車運転手として勤務し、平均月額三万六、〇〇〇円の収入を得ていたことは認めるがその余の事実はすべて争う。逸失利益、慰藉料については、原告恒彦は食事も普通で、車椅子による外出、自動車の運転、内職すべて可能であり、原告主張のように廃人として漸くその生命を保つ程度の状態ではないから半身不髄により完全に労働能力を喪失したことを前提とする損害額の主張は過大である。入院雑費中、見舞客接待費は、見舞客の好意に対する感謝の表現であり、損害賠償として相当性を欠き、電熱器鍋等は消耗品ではなく、バスタオルは日常生活においても必要であるから、損害とは認められない。

四  同項2の恒彦の物的損害に関する主張はすべて争う。かりに原告主張のような支出がなされたとしても、およそ損害賠償の対象となる家屋改造費は、通常その生活を維持するため絶対に必要とされる最小限度のものに限られるところ、原告恒彦が屋内での車椅子の移動のため何らかの程度の改造が必要であるとしても食堂、寝室、洗面所、風呂場、便所、訓練場等を新たに造つており、その改造は絶対必要なものとは認め難く、その改造に要した費用と本件事故との間に相当因果関係がない。

五  同項3のきみ子の人的損害はすべて争う。近親者の看護料は否定すべきであり、かりに認められるとしても、可成り減額すべきである。なお、看護料は法律上原告恒彦から被告に請求すべきであり、原告きみ子から直接被告に請求すべき筋合のものではない。

また、慰藉料の請求については、一般に近親者に傷害による慰藉料が許されるのはその傷害が死にも等しい程度の重大な場合に限られるところ、原告恒彦の傷害の程度は右の程度に達しておらず、万一その請求が認められるとしても、本件事故の発生について存した原告恒彦の過失を考慮すれば、極めて僅少に止まる。

六  請求原因第四項中、原告が訴外河本および被告よりその主張の金員を受領していることは認める。

七  同第五項の弁護士費用に関する主張はすべて不知。

(抗弁)

一  使用者責任の免除の主張

原告主張の物的損害について、使用者である被告は、訴外河本の選任および監督につき、つぎのように相当の注意をつくしていたのであるから、訴外河本の過失による本件事故につき損害賠償の責任はない。すなわち

(一) 被告は、訴外河本を雇傭するに当り、同人がトラツク運送業に必要とする運転免許を有しているか否かを確認し、実地にも運転をさせてみせたうえ、さらに同人の運転手としての適格性を見るため面接試験を行つたうえで採用した。

(二) 被告は、交通安全協会の役員の地位にあり、平素交通安全に十分注意するよう日常監督し、運転者が長距離運送の仕事に出る直前には、必ず安全運転につき具体的な指示を与えていたものである。本件事故当時、被告の所有するトラツクは一台のみで、運転手は四人という零細企業であり、被告の従業員に対する指導監督は非常に行き届いていた。

二  過失相殺の主張

かりに被告に原告らの人的、物的損害を賠償する責任があるとしても、本件事故の発生については、原告につぎのような過失があつたから、賠償額の算定上斟酌すべきである。

(一) 自動車の運転手は、交代して仮眠する場合、助手席にある仮眠室で仮眠すべきであるにもかかわらず、原告恒彦は本件事故発生時トラツクの荷台に乗車していたため、原告恒彦は本件事故の衝撃により荷台から投げ出され、ボデイの部分とエンジンの部分との間に挾まれて本件傷害を蒙つたものである。かりに原告恒彦が、仮眠室に寝ていたとすれば、運転台の後方の壁と運転台のバツクシートおよびこれに座する訴外河本と荷主の訴外村岡清美の身体に妨げられ、車外に投げ出されることはなかつた筈であり、かりに車外に投げ出されることがあつたとしても、軽度の傷害を蒙つたに止まつた筈である。事実原告恒彦以外の同乗者である訴外村岡の傷害は、治療二カ月程度であり、訴外河本の傷害は入院三カ月位に止まる。トラツク荷台に乗車することが危険であることは取締法規上禁止されていることに徴しても明らかである。

(二) 訴外河本の本件事故については共同運転者ないし運転補助者である原告にも過失がある。すなわち原告恒彦は被告林方において後輩の運転者である訴外河本に対し安全運転につき指導監督をなすべき地位にあり、しかも本件事故時訴外河本とともに共同して自動車を運転し運送することになつていたのであるから、共同して事故の発生を未然に防止するため細心の注意を払うべき責任があつたのである。しかるに原告恒彦は、事故前日の午後一〇時三〇分ころ大阪に到着し、大阪を出発する翌二〇日午前四時ごろまでの間、四時間余りの時間的な余裕があり、その間仮眠を取るなどして十分の休養を取つたうえで帰路につき、睡眠不足による事故の発生を防止しなければならないのに、原告恒彦が自ら指示して訴外河本に自動車を運転させ、大阪市内の道頓堀その他の繁華街を見物させ、しかも右のような事情を考慮し、途中休んで眠つてゆくとか、眠気を催さないよう短時間の交替で運転するなどの注意を払うべきであつたにもかかわらず、これらの注意義務を怠つた結果、訴外河本をして本件事故を発生するに至らせたのであるから、右事故の発生については、原告にも共同運転者ないし運転補助者として共同の過失責任があるといわなければならない。

三  被告の蒙つた車両損害との相殺の主張

原告恒彦は、訴外河本とともに本件貨物自動車を運転するに際し、前述過失相殺の抗弁(二)において主張するような右両名の共同の過失により本件自動車を大破させ、使用不能に至らしめた結果、被告はこれに代る新車を購入する必要を生じ、購入代金として一六〇万円、その登録費用等として九万〇、三三〇円以上合計一六九万〇、三三〇円を支出することを余儀なくされ同額の損害を蒙つたので原告恒彦は訴外河本と連帯して右の損害を賠償する責任があるといわなければならない。よつて被告は原告恒彦に対し昭和四六年一月一八日に本件口頭弁論期日において原告恒彦の本件損害賠償請求債権と対等額で相殺する旨の意思表示をなすことにより、原告恒彦の債権は右の限度で消滅した。

四  損益相殺

原告恒彦の本件事故による受傷を原因として、日本生命保険相互会社との間の災害保険特約付特殊養老生命保険契約に基づく給付金として、原告恒彦において入院給付金名下に七万五、〇〇〇円、傷害給付金名下に四二万五、〇〇〇円の給付を、原告きみ子において廃疾給付金名下に一五〇万円の各給付を受けている。右災害特約による保険給付は生命保険と異なり、損害の填補を目的とする損害保険であるから、損益相殺として原告らの損害額から控除されるべきである。

五  弁済

原告恒彦は、昭和四六年初めころ、訴外河本との間に本件損害賠償として総額一四〇万円の示談が成立させ、訴外河本はそのころ五〇万円を、その後毎月二万円宛を支払い、昭和四九年九月までに金一四〇万円全額を完済する予定であり、右支払額のうち五〇万円は、原告恒彦の請求金額より控除されているが、右金額の全額を弁済として控除すべきである。

第四立証〔略〕

理由

一  請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで本件事故の発生につき、訴外河本の過失の有無について判断する。〔証拠略〕によれば、本件事故は訴外河本と原告恒彦とが交替運転手として本件事故車である普通貨物自動車に同乗し、鳥取県東伯郡大栄町と大阪市との間の長距離運送に従事中に発生したもので、事故当時訴外河本が事故車を運転し、京都府福知山市字上小田地内の国道九号線を大阪市方面から鳥取市方面に向け、時速六〇キロメートルで西進中、睡眠不足のため眠気を覚え、前方の注視が困難となつたにもかかわらず、運転を継続した結果、福知山市字上小田一三六八番地先の左にカーブする箇所にさしかかつた際仮眠状態に陥り、自車を道路右側のコンクリート擁壁に激突させたものであることが認められる。右認定の事実によれば、本件事故は訴外河本において眠気を覚え、前方の注視が困難な状態に立到つたとき、直ちに運転を中止して眠気の解消を待つか、あるいは同乗の交替運転者である原告恒彦と運転を交替するなどして、事故の発生を未然に防止しなければならない義務があるのに、漫然運転を継続した過失によつて発生したものといわなければならない。

三  原告恒彦は右事故による人的損害につき自賠法三条による被告の損害賠償責任を主張するので判断する。

(一)  被告が本件事故車を所有し、自己のため運転の用に供していたものであることは当事者間に争いがなく、自賠法三条により損害賠償請求権者となり得る「他人」とは、自己のために自動車を運行の用に供していた者並びに当該自動車の運転者(運転手および運転補助者をいう。)を除く、それ以外のものをいうと解されるところ、被告は本件事故は原告恒彦が運転者として同乗し勤務中発生した事故であるから、同条にいう「他人」に該当しない旨主張するのでまずこの点について検討する。〔証拠略〕によれば、被告は大栄町農業協同組合の依頼に基づき、原告恒彦および訴外河本の両名を交替運転手として本件事故車に同乗させ、東伯郡大栄町大字東高尾所在東高尾西瓜組合から大阪市内大阪東部青果市場までの運送業務に従事させたものであること、右両名は事故日の前日である昭和四三年八月一九日午後一時ころ、国鉄泊駅前の被告方営業所を出発し、右東高尾西瓜組合に立寄り、同所で西瓜約三屯を積み込み、荷主である訴外村岡清見も同乗し、午後四時ころ同所を出発して大阪市に向い、同日午後一〇時三〇分ころ前記青果市場に到着したが、往路は終始原告恒彦が現実の運転を担当していたこと、荷物の引渡し終了後翌二〇日午前三時三〇分ころ、原告恒彦が運転を担当して青果市場を出発し、出発後間もなく池田市付近で訴外河本と運転を交替したのであるが、その際、原告は車内が暑く寝苦しかつたため、運転台を出て後部荷台運転台寄りに横臥して仮眠中本件事故に遭遇したものであること以上の事実が認められる。

右認定の事実によれば、本件事故は原告恒彦と訴外河本の両名がいずれも運転手としての資格において事故車に同乗し、運送の業務に従事中発生したものであるが、他方事故前日東高尾西瓜組合を出発し大阪東部青果市場に到着するまでの時間だけでも六時間余りを必要としており、従つて少くとも往復一二時間以上を必要とするにもかかわらず、本件証拠上、被告において、原告恒彦らに当夜の宿泊を指示し、ないしは配慮していたことを窺うことのできる特段の事情は認められないこと、その他当裁判所に明らかな長距離運送の実情などを併わせて考えると、原告と訴外河本は、歩行中その運転時間のほか各自の体力、健康状態、疲労度等に応じ、適宜相互に交替し、一方が運転中他方が運転を担当する場合に備えて仮眠をとることも当然許容されていたものと認めるのを相当とし、右の事情のもとにおいては、現実に運転を担当していない仮眠中の原告恒彦は、当該自動車の運転者としての地位を離脱し、訴外河本が運転中に、その過失によつて惹起した本件事故との関係においては、自賠法第三条にいう「他人」の範囲に含まれると解するのを相当とし、被告本人尋問の結果中右の認定に反する部分は採用し得ない。

(二)  そして訴外河本は、被告に雇われ、自動車運転の業務に従事していたものであり、本件事故はその業務に従事中、前判示のような訴外河本の過失によつて発生したもので、民法七一五条一項本文中の「第三者」は使用者および加害行為をなした被用者以外の者をいうと解すべきであるから、原告恒彦が同条によつて保護される第三者に当ることは明らかである。ところで被告は、訴外河本の選任監督について相当の注意をつくした旨主張するので検討するに、〔証拠略〕によれば、訴外河本は、事故の前日である八月一九日は休みにあたり、朝から自宅で休んでいたにもかかかわらず、被告からの連絡により無理して出勤したものであること、同訴外人は事故当日大阪を出発し帰路につく際、梨か西瓜を選ばねばならぬので朝の八時までには帰えりたいと洩らしていたことが認められるほか、前判示のとおり、同訴外人は八月一九日の午後一時半から翌朝まで継続して業務に従事していたことを併わせ考えると、被告において運転者の労務管理に充分な配慮を払つていたとは到底認め難く、かりに被告主張のような事実があつたからといつて、被告において訴外河本の選任監督について相当の注意をつくしていたものということはできない。

(三)  そうすると、被告は人的損害については自賠法第三条により、物的損害については民法第七一五条により、後記のとおり、原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

四  つぎに被告の過失相殺の主張について判断する。

(一)  原告恒彦は後部荷台に横臥して仮眠中本件事故に遭遇したものであることは前判示のとおりであるところ法定の除外事由の存しない限り、乗車のために設備された場所以外の場所に乗車することは、道路交通法第五五条三項によつて禁止され、除外事由の存したことについては何らの証拠もないので、原告恒彦の乗車方法は同法に違反するものといわなければならない。ところで、〔証拠略〕によれば、本件事故により事故車の前部は大破し、プロペラシヤフトが折損していることが認められ、右の事実によると本件事故による衝撃は極めて大であつたと推認され、原告恒彦が本件事故によつて蒙つた前判示傷害の部位、内容のうち、最も重大な背髄損傷の傷害は、事故の際身体に加えられた衝撃ないし圧迫によつて生じたもので、右傷害と本件事故との間に相当因果関係の存することは否定し得ない。しかしながら前記道路交通法五五条による禁止の趣旨が一般に設備外乗車は危険が大きいと観念されることによるもので、経験則上も衝突の衝撃により車外に投げ出され、そのため身体に損傷を蒙る可能性は大であると考えられることに加え、〔証拠略〕によれば、事故当時訴外村岡は助手席にあつて居眠りしていたが、入院加療約四カ月を要する左顔面、両手、両足、右腰等の打撲挫傷、切創等の傷害を蒙り、訴外河本も入院加療約三カ月の傷害を蒙つたがいずれも現在は後遺症を残さず全治していること、事故直後原告は車両前部とコンクリート擁壁の間に倒れているところを救急職員によつて救出されたもので、前顕甲五号証(桜井恒彦の司法巡査に対する供述調書)中において原告恒彦も激突のシヨツクで車外(車の前)に放り出され、その勢でコンクリート壁にぶつけられたのだと思うと述べていることを併わせ考えると荷台に乗車して横臥した点について、原告に損害の発生防止につき不注意があつたというべく右設備外乗車については、訴外河本にも道路交通法五五条一項に基づき、これを制止すべき責任のあつたことを斟酌して、原告の過失割合を三割と認める。

(二)  右のほか被告は、先輩運転手として原告恒彦は訴外河本に対し安全運転を指導監督すべき地位にあり、さらには共同運転者または運転補助者として安全運転の遂行にあたらなければならないのに大阪に到着後休養にあてるべき時間を大阪市内の見物に空費したため、訴外河本の睡眠不足を誘発したもので共同運転者運転補助者たる原告恒彦にも過失がある旨主張する。なるほど原告恒彦らが目的地の青果市場に到着したのが前日の午後一〇時三〇分であることは前判示のとおりであり、〔証拠略〕によると、荷降しを了したのは翌二〇日の二時半から三時近くでその後夜食をとるなどして午前四時近く青果市場を出発したものであることが認められ、右認定の事実によれば、到着後荷降しを了するまで約四時間を経過しており、到着後の待時間、荷降しに必要な時間等を考慮しても、長きに過ぎると考えられないではないがその間を大阪市内の見物に空費したと断定するに足る証拠はない。

(三)  さらに被告は原告恒彦において、短時間の運転の交替を考慮すべきであつた旨主張するのであるが、前判示のとおり往路は終始原告恒彦が運転し、帰路も訴外河本において大阪市内の地理に不案内のため、池田市付近まで原告恒彦が運転した後、訴外河本と交替しており、本件事故は青果市場を出発した後二時間に足りない時間内に発生したもので、原告恒彦が訴外河本に長時間の運転を委ね、運転の交替を怠つていたということはできないし、むしろ運転中訴外河本が眠気を覚えたのであれば、直ちに運転を中止して仮眠するか、あるいは仮眠中の原告を起し運転の交替を求めるべきであるにもかかわらず、かかる所為に出た事蹟はなく、その他本件証拠上、原告に交替運転手としての職責遂行上懈怠があつたと認め得る事情はない。

五  原告恒彦の損害について検討する。

(一)  人的損害

〔証拠略〕によれば、原告は本件事故により全身打撲、第一〇胸椎脱臼、第一一胸椎圧迫骨折、脊髄損傷、背、腰、臀部、右下肢、右肘部の火傷(第三度)前額部挫創等の傷害を受け、事故当日の昭和四三年八月二〇日福知山市竹下外科病院に入院し、同年一〇月一五日米子市山陰労災病院に転院のうえ、引続き昭和四四年一〇月一日まで入院治療を受けたが、昭和四四年五月二九日現在において、脊髄損傷により、臀部以下の下半身は完全に麻痺し、知覚の完全脱出(膀胱直腸障害)を来たし、歩行不能で、右の症状は永久に回復不能と判定されていることが認められる。そこで以下右の事実を前提として検討をすすめる。

1  入院雑費 三万八、二五六円

原告主張の入院雑費三万八、二五六円の算定根拠は必ずしも明らかでない(原告提出の甲第二四号証の一の合計のみでも七万一、九九五円となる)が、原告恒彦が本件事故による傷害のため、福知山市所在の竹下外科病院に五六日間、米子市山陰労災病院に三五二日間合計四〇八日間入院していたことは前判示のとおりであり、経験則上、右入院期間中を通じ、入院中に要した諸雑費は少くとも一日平均一〇〇円の割合による合計四万〇、八〇〇円を下廻ることはないと認められるから、右の金額の範囲内において入院諸雑費三万八、二五六円の支払を求める原告の請求は相当として是認すべきである。

2  逸失利益 三三七万八、七四七円

原告は、本件事故当時満二八才(昭和一五年一月一五日生)の男子で、被告方に自動車運転手として稼働することにより、平均月額三万六、〇〇〇円の収入を得ていたことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、原告は県立青谷高等学校を卒業した身体健全の男子であつたことが認められ、右原告の年令、学歴、健康状態に照らし、満六三才に達するまでの三五年間は自動車運転手その他の職業に従事することにより、少くとも右の程度の収入は継続して取得し得るものと推認されるところ、原告の前判示の障害の程度は、自賠法施行令別表後遺障害等級中第一級第五号に該当し、その労働能力の喪失率は一〇〇パーセントと認める。

ところで、原告恒彦は、事故前の収入額から労働者災害補償保険法に基づく給付金年額二六万二、三六二円を控除し、その残額を現実の逸失利益として主張するので、前記当事者間に争いのない平均収入月額三万六、〇〇〇円の割合による年額合計四三万二、〇〇〇円から、原告の自認する二六万二、三六二円を控除した残額一六万九、六三八円を基礎として、稼働可能期間中における労働能力の一部喪失による逸失利益を、年毎複式ホフマン計算法により、年五分の中間利息を控除して算定すると、事故当時の現価は三三七万八、七四七円となる。その算式はつぎのとおりである。(円以下切り捨て)

16万9638×19.9174(35年のホフマン係数)=337万8747

3  慰藉料 三〇〇万円

以上認定の入通院期間、傷害の程度、殊に二八才の若さで身体の自由を奪われ、その労働能力の全部を喪い、今後生涯にわたり家庭的、社会的に蒙るであろう精神的、肉体的苦痛は察するに余りあるものがある。右のほか〔証拠略〕によつて認め得る原告きみ子との結婚生活一年余りで本件事故による傷害のため性的能力を喪失し、両名の間に子をもうける望みを全く失われたこと、その他本件証拠に顕われた諸般の事情(ただし過失相殺の点は暫く措く)を考慮し、その慰藉料額は三〇〇万円を相当とする。

以上原告恒彦の人的損害額の合計は六四一万七、〇〇三円となるところ、前記の過失を相殺するとその七割にあたる四四九万一、九〇二円が原告恒彦の人的損害賠償請求権額となる。

(二)  物的損害

半身不髄の原告にとつて、車椅子の使用が日常生活にとつて不可欠であり、食事、用便、入浴、洗面等最少限の要求を満たすため、居間から食堂、便所、浴室、洗面所等への車椅子による移動を可能かつ容易ならしめる目的で、これに適応するよう屋内を改造することは、原告が今後永年にわたつて生活を維持するうえにおいて必要であり、これに要した費用は相当と認められる範囲内において本件事故と因果関係にたつ損害とみることができる。しかるところ〔証拠略〕によれば、原告方北側の畳の間の二室を寝室および食堂の洋間に改造したほか右寝室、食堂に接近させて浴室、便所、洗面所等を新設し、下肢の不自由を上肢の力で補うため手で身体を支える鉄パイプを取りつけ、上肢、下肢の機能訓練のため機能訓練室を設備したこと、右改造のための資材購入費、大工賃、電気配線工事費用等として別紙明細書番号(1)(4)ないし(9)記載のとおり合計六四万円の金員を支出したことが認められる。しかしながら別紙明細番号(2)の食堂テーブル、(3)の炊事場流し台は日常家具に属し原告恒彦を含む家族の生活のために必要な家財道具であるから、その購入に要した費用は本件事故と相当因果関係にたつ損害とは認め難い。

そこで前記原告恒彦の過失を相殺すると六四万円の七割にあたる四四万八、〇〇〇円が原告恒彦の物的損害賠償請求債権となる。

六  原告きみ子の損害について検討する。

1  付添看護費用 四万四、八〇〇円

〔証拠略〕によれば、原告恒彦が竹下外科医院に入院中の五六日間、原告きみ子がその付添看護に携わつたことが認められ、前記認定の原告恒彦の部位、程度に照らし、右の期間中付添看護を必要とする状態にあつたことは明らかである。ところで一般に近親者が付添看護に従事した場合、元来第三者であれば当然付添看護料相当額を請求し得るにもかかわらず、身分関係上現実に付添看護料の請求をなさないというに止まるのであるからそれらの者の提供した労働を金銭的に評価し、付添看護料相当額を蒙つたものとしてその労働の出損者が直接加害者に対してその損害の賠償を求めることは差支えない。そして経験則上付添看護費用は一日当り八〇〇円を下らないものと認められるから付添看護料の相当額は四万四、八〇〇円となる。

2  慰藉料 一〇〇万円

〔証拠略〕によれば、原告きみ子は事故当時二八才で原告恒彦との一年余りの婚姻生活後一生の伴侶である夫の下半身麻痺の負傷にあい、夫婦関係は不可能となり将来夫との間に子供をもうける見込みはなく、長い生涯にわたり身体不自由な夫を扶助し、最愛の夫の不遇な日々を目のあたりにしながら同人との生活を維持してゆかなければならないことによる精神的、肉体的苫痛は、夫の生命を害されたときにも比肩すべき程度のものと考えられ、その慰藉料は一〇〇万円(ただし過失相殺の点は暫く措く)を相当とする。

以上原告桜井きみ子の人的損害の合計は一〇四万四、八〇〇円であるところ、前記原告恒彦の過失を相殺するとその七割にあたる七三万一、三六〇円が原告きみ子の損害賠償請求債権となる。

七(一)  被告は本件事故の発生につき原告に共同運転者または運転補助者としての過失があつたことを前提として、被告が本件事故によつて蒙つた車両損害に基づく損害賠償請求債権との相殺を主張し、原告恒彦に過失相殺の原因となる不注意のあつたことはさきに認定したとおりであるが事故の発生について不法行為者と目し得る過失の存したことを肯認し得る証拠はないから、爾余の点について判断するまでもなく、右の主張は失当である。

(二)  被告の損益相殺の主張について判断する。原告恒彦、同きみ子において日本生命保険会社から、同会社との間の災害保険特約付特殊養老生命保険契約に基づいて、被告主張の保険金の給付を受けていることは当事者間に争いがないところ、〔証拠略〕によれば、右保険給付金はいずれもその事故の発生原因とは無関係に、保険契約に基づき、すでに支払を了した保険料の対価として支払われる性質のものであることは、生命保険契約に基づく給付と異なるところはないことが認められ、衡平の観念に照らしても被害者が保険料支払の対価として取得する金員をもつて、不法行為者の与えた損害を填補し利得をもたらす結果となることは不合理といわなければならないから、被告の主張は採用し得ない。

(三)  被告の弁済の主張について判断する。原告恒彦と訴外河本との間に本件事故による損害賠償として総額一四〇万円を弁済することで示談が成立したことは当事者間に争いがなく右示談契約に基づいて昭和四八年七月一一日までに一〇六万円の支払を受けていることは原告恒彦において自認するところであるから右金額は被告恒彦の人的損害賠償額より控除されるべきであるがその余の未払残額三四万円を控除すべき根拠を欠く。よつて原告恒彦の人的損害は三四三万一、九〇二円となる。

八  原告両名が、原告訴訟代理人に訴訟を委任していることは本件記録に徴して明らかであるところ、本件事案の内容、審理の経過損害額等に照らし被告の負担に帰すべき弁護士費用は原告恒彦につき三〇万円、原告きみ子につき七万円を相当と認める。

九  よつて原告らの本訴請求は被告に対し原告桜井恒彦において金四一七万九、九〇二円および人的損害である内金三四三万一、九〇二円に対する昭和四三年一一月一日以降物的損害である内金四四万八、〇〇〇円に対する昭和四四年一一月一四日以降いずれも完済まで年五分の割合による金員の支払を求める限度で、原告桜井きみ子において金八〇万一、三六〇円および弁護士費用を除く内金七三万一、三六〇円に対する昭和四三年一一月一日以降完済まで年五分の割合による金員の支払を求める限度で正当として認容し、原告のその余の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 名越昭彦)

明細書

〈省略〉

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